実験・航海風景

白鳳丸

これはパペーテ港(フレンチポリネシア、タヒチ島)に帰港した白鳳丸を陸地から撮影した写真です。白鳳丸KH-03-1次航海では東京を出港し、ハワイ、ペルー、タヒチを経由しながら太平洋を一周し、特に知見が乏しいといわれる南太平洋東部について生物・化学・地質的調査が行われました。

フレームに取り付けられた採水器は、船上からの制御により任意の深さで閉めることができます。これにより、はるか深いところにある水も採取することができます。採水器以外にも採水器のフレーム、ワイヤにいたるまでサンプルの汚染を防ぐための細心の注意が払われており、微量の有機物や金属イオン測定用のサンプルの採取が可能です。

海洋表層の生物、特に植物プランクトンは太陽光から強い影響を受けて生存しています。たとえば、光合成は日中に行われますが、あまりに強い日射は光阻害を引き起こし、紫外線は細胞を損傷させます、そのため、その生理状態や細胞密度はしばしば日周変化を示します。この影響を避けるため、植物プランクトンのサンプルは日射の効果がリセットされる明け方ごろに採取されることがよくあります。

研究船の甲板上には所狭しとさまざまな機器や装置が設置されています。赤色のクレーンは積み込みや積み下ろしのほか、大型の観測装置を海上へ係留するためにも用いられます。最上部につけられたアンテナやレーダーは船の航行に必要なデータの採集を行っています。また、最上部のデッキには大気や降下物の測定を行うための装置が備え付けられることもあります。

これは大波をかぶる白鳳丸を船首方向に向かって撮影したものです。このような状態では観測はさすがに中断されますが、船の様子を見ながら慎重に航海は進められます。むろん船内は大揺れで、すべての実験器具をロープで固縛する必要があります。この作業はラッシングと呼ばれ、海洋学を専攻する学生がまず最初に覚える作業です。

晴天時には360度水平線の洋上では美しい夕陽を見ることができます。作業がないときにはグリーンフラッシュ(太陽が沈む直前に屈折にともなう分光によって一時的に緑色の閃光が現れる現象)を求めて夕陽を見送る研究者もいます。

白鳳丸のような大型の研究船では東京湾のような内湾の調査をすることはまずありません。これは寄港していた晴海港から出港するところです。1、2日で最初の測点に到着し、いよいよ観測が始まります。船内ではあわただしく直前の準備が行われているところでしょう。水面を見ると他の写真に比べて灰緑がかっていることがわかります。

海面が大気と接するごく薄い層には、内部とは異なる微生物群集が存在することが知られています。窒素固定シアノバクテリアであるトリコデスミウムもごく表層で濃密なブルームを形成することで知られています。このような群集を効率的に採取するには採水器ではなく、清浄なプラスチックのバケツを用います。また、波立つ海面で海表面温度を測るためにもバケツ採水が活躍します。

 

淡青丸

我々の研究室では東シナ海および日本南海上を重要な研究フィールドと位置づけ、定期的に淡青丸による航海を実施しています。東シナ海は黄河および長江による陸起源物質の負荷が高い陸棚域から、表層の栄養塩が枯渇し非常に透明度の高いフィリピン海にかけて化学的環境の強い勾配が見られます。陸棚域ではシネココッカスSynechococcusという1ミクロン程度のごく小さい藍藻が卓越していますが、フィリピン海域ではさらに小さいプロクロロコッカスProchlorococcusと呼ばれる光合成色素をごくわずかしかもたない藍藻が多く現れます。このほかにもトリコデスミウムリケリアナノサイズの藍藻といった窒素固定者も出現し、植物プランクトン群集への興味は尽きません。また、近年では中国をはじめとする東・東南アジア諸国の工業発展が河川や大気を通じた東シナ海への物質輸送を変化させる可能性が指摘されており、植物プランクトン群集への影響も興味深い課題です。

白鳳丸の採水システムと比べると、淡青丸のものはいささか小規模なものになっています。この採水器は内部に金属のばねが入っているため、微量金属のサンプルを採取するのには適していません。そのため、ポンプを用いた表層採水によって微量金属のサンプルを採取しています。

これは漂流系に「浮き」としてとりつけるブイを準備しているところです。このように大掛かりな装置の設営には船上の全員が協力します。

これは微量金属サンプル採取用のポンプを稼働しているところです。舷から伸びたポールの先からホースが下がっており、その先に取水口があります。このシステムにより汚染のないサンプルを大量に採取することが可能になりました。

海水中のプランクトンによる窒素固定活性をガスクロマトグラフィで測定しているところです。窒素固定活性の測定法にはいくつかありますが、これは窒素を還元する酵素がアセチレンも還元することを利用した測定法です。船上で結果が得られることから、非常に有用な方法です。この方法は安定同位体を用いた方法より感度が低いとされていましたが、さまざまな改良を重ねることによって感度を飛躍的に向上させ、現場の海水を濃縮せずに測定することが可能になりました。

採取した海水に処理をしたのち、船上で培養をして応答を見る実験です。植物プランクトンの増殖に何が足りていないのかを診断するために必要な栄養を添加して増殖を見たり、ある種の物質の取り込みや分解を測定するために安定同位体や蛍光物質を含む基質を加えて培養したりする実験が行われます。これは窒素固定速度を測定するための培養を行っているところです。

みらい

「みらい」は海洋研究開発機構(JAMSTEC)が保有・運航する日本最大級の学術調査船です。最新鋭の設備を備えており、さまざまな作業に対応しています。世界中のほぼすべての海を航行可能であり、我々のグループでも熱帯・亜熱帯海域の調査のために乗船しています。

どんなに大きな研究船でも食糧や燃料の補給のため、定期的に寄港する必要があります。それは研究者にとっては束の間の息抜きの時でもあります。また、研究者の入れ替わりが行われることもあります。ときとして、港をあげての歓迎を受けることもあります。

採水器に入って揚げられる水を、それぞれのサンプル瓶に分ける準備をしているところです。サンプルはその目的によってとり方に注意を払う必要があります。ガスの採取には気泡をたてないようにしなければなりません。微量金属のサンプルは汚染に神経質にならねばなりません。清浄な手袋をし、すべての道具はほかに触れぬよう注意し、周りの空気の流れにも気を使います。植物プランクトンやその色素のサンプルは強い日射を当てぬようにしなければなりませんし、脆弱な微小動物プランクトンや鞭毛藻のサンプルは緩やかに瓶に落とし込まねばなりません。正確な測定のためのこのような細かなノウハウ一つ一つが研究室の財産であるとも言えます。

「みらい」はその大きさから舷も非常に高く、積み込みはクレーンを使った大仕事になります。積み込みは乗船研究者が初めて協力して行う作業です。お互いに協力して航海まで成功に結び付けたいものです。

大型の研究船では目的に応じた様々な研究室が用意されており、利用する設備が複数の階層にまたがっていることもしばしばです。慣れないうちは位置関係がつかめず迷ってしまうこともあります。

研究船によって一部屋の人数や広さは異なりますが、それぞれの居室が割り当てられます。居室は休息や小さな宴会のほか、アイディアをまとめたり資料に目を通したりする重要な空間です。近年大型の研究船では居室で電子メールを閲覧することが標準になりつつあります。これにより陸地とコミュニケーションをとりながら観測を状況に応じて洗練させることが可能になりました。また、衛星データなどを陸地から送ってもらい、それをもとに観測を修正することもできます。

一見単調に見える洋上の風景でも、その様子は刻一刻と変わり我々の目を楽しませてくれます。虹はその中でも見られる頻度の高いものです。水滴が多く光を遮るものが少ない海ならではと言えるでしょう。場合によっては雨雲に刺さるように見える虹や空一面にかかる虹など、地上ではなかなか見られないものもあります。

「みらい」の名物のひとつが豪勢な食事です。航海によっては時間によって決まった当番(ワッチ)制で仕事をしなければならず、食事の時間を調整するのも一苦労です。無断で食事に遅れたり欠食するのは船員さんに多大な迷惑をかけるので、いかに食事の時間を工面するかが研究者としての腕の見せ所でもあります。

その高い透明度から一見生物がいないかのようにも見える亜熱帯の外洋ですが、さまざまな大型動物の訪問を受けます。イルカやクジラ、シイラといった遊泳動物のほか、特徴的なのが海鳥です。このような環境にあっても食物連鎖は最上位の捕食者まで完結しており、これらの動物を支える一次生産者、すなわち植物プランクトンが確かに存在していることを感じさせます。

その他の研究船

ワシントン大学所有の研究船W.G.Thompson号がアラスカ州スワードに入港した際の写真です。5月ですが山並には雪が多く残っています。国が変われば研究船の様子も随分変わります。日本の研究船は木の板張りが通常ですが、こちらでは金属板です。また、水槽などの設備も大型で、日本のように手で運べるコンテナではなく2メートルほどもある大型コンテナで機材を輸送します。

アラスカ湾は1970年代より米国およびカナダにより集中的な観測がおこなわれてきた海域です。亜寒帯域で特徴的にみられる春季の植物プランクトン大増殖(ブルーム)がこの海域では見られません。しかし、硝酸塩やケイ酸といった栄養塩は不足していないことから、なぜ植物プランクトンが春になっても増えられないのかが問題になっていました。80年代後半から90年代にかけてそれは鉄の不足によるものだということを支持する結果が次々と出され、21世紀初頭には実際に海域に鉄を撒布する実験によりそれが証明されました。
アラスカ湾は季節を問わず曇りや雨の日が多く、1年のうち30日程度しか晴れの日がないと言われています。これは非常に珍しいアラスカ湾の快晴の空に虹がかかった瞬間をとらえたものです。

ニュージーランド国立水大気研究所所有のタンガロア号による南極航海に参加した際の写真です。南極圏にたどりつくまでには「吼える40度、狂う50度、叫ぶ60度 (Roaring Forties, Furious Fifties, Shrieking Sixties)」とも形容される悪天に立ち向かわなければなりません。このような自然条件が人の手を阻んできた南極海ですが、この写真のような大型の研究船の開発により、その生態系は次々と明らかになりつつあります。

南極圏に突入すると、海況はぐっと穏やかになります。氷山はさまざまな哺乳動物の生息地となっていると同時に、融解の際に大陸や大気の物質を海洋に輸送する働きを持っています。また、氷山とは異なり海水が凍結して生成する海氷はその底部にアイスアルジーと呼ばれる藻類を繁茂させており、特徴的な生態系を形成しています。このように、一見生物とは直接関係のないように見える構造物や現象が化学物質の供給や棲み処の提供を通じて海洋生態系に影響を与えています。

すべての船はその乗船者に乗船後一定期間内に安全教育を実施することを義務付けられています。それは日本以外でも例外ではなく、外国船で日本語以外の言語で実施される避難訓練には四苦八苦することもたびたびです。安全に航海を遂げることは実験を実施する以前にもっとも大事なことであり、学生の皆さんには最初に身につけてもらう技術です。

アホウドリ(アルバトロス)は外洋ではしばしば見られます。羽を広げたまま長時間滑空する姿が特徴的です。北太平洋でよく見られるのが写真のコアホウドリであり、特別天然記念物であるアホウドリPhoebastria albatrusよりもずっと小型です。北太平洋亜寒帯域では海鳥の飛来がしばしば見られ、高い生産性を有する海であることが実感できます。

亜熱帯循環内では写真のような穏やかな海況が続き、雲が海面に鏡のように映ることもあります。その一方で、強い日射は局地的に不安定な天候をもたらし、数分程度のスコールに見舞われることもしばしばです。穏やかな日も遠く水平線を見やると盛んに雨を降らす黒雲が見られます。このような局地的な雨はわずかながらでも表層に大気からの物質を供給し、その一部が植物プランクトンにとっての栄養となりうる可能性が指摘されています。我々のグループでは高感度分析によりこのような供給経路が栄養塩の枯渇した海域の栄養塩および生態系に与える影響が明らかになりつつあります。

長崎大学所有の「長崎丸」の舷よりのぞむ東シナ海に沈む夕日です。作業中に沈む美しい夕陽にはしばし心を奪われるものです。

微量金属の分析やサンプル処理には外気の塵からの汚染がもっとも重大な問題です。大型の研究船ではしばしばクリーンルームが設置されていますが、そのようなものがない船では研究者が設営する必要があります。このように木の枠にビニールシートを張り、フィルターを付けた送風機で中から外に向かって陽圧を保つことにより、簡易的なクリーンルームとします。英語ではこのような空間を"bubble"というようです。

その他

岩手県大槌湾で、岸からプランクトンネットを曳いて採集しているところです。プランクトンネットは、水の抵抗を受けても目合のサイズが変わらないような特殊な織り方をした生地から作ります(下図)。一番小さい目合の5ミクロンから5ミリメーターをこれるまで様々なサイズがあって、サイズに応じて採集物が変わるので、何を狙っているかで目合いの違うネットを使うことになります。プランクトンの生態研究では,まずどのような生き物がいるのかを知ることから始まりますので、ネットは不可欠です。写真にあるような簡単な手曳きのものから、長さ数メーターに及ぶ大型のものまで多様です。

マニラ湾で採水しているところです。立っている人が手にしている筒状の採水器で狙った水深から海水を採取します。

光学観測に使う測器です。海水中で植物プランクトンが行う光合成の研究には光環境を調べることが重要となります。海水中に存在する植物プランクトンの光吸収スペクトル、散乱スペクトル、植物プランクトン以外の懸濁粒子や溶存物質による吸収・散乱スペクトルの分布を水温、塩分と同時に測定する機器です。

フィリピン水産局研究所のBorja研究員です。マニラ湾での共同観測時のスナップです。マニラ湾のみならずフィリピンの海洋生物に関する知識とともに体力と経験を備えた頼りになる共同研究者です。私たちの研究室では、欧米やアジアの研究者らといくつかの共同研究を進めており、若い学生諸君もそのような活動の中から研究ばかりでなく多くを学び経験して欲しいと思っています。

   

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